たったひとつの冴えない惑星

懐かしのSF小説をネタにしたブログ

カート・ヴォネガット 時空をさまよう魂の遍歴 タイタン~ドレスデン

かつて筒井康隆はSFへの偏見を自嘲気味に、士農工商犬SFと表現しました。

 

SF専門の小説家でノーベル文学賞を受賞した人は居ないのです。

 

20世紀のSF界で最もノーベル文学賞に近かった作家は、カート・ヴォネガットだと思います。

 

彼のシニカルな小説はどれも平和への祈りのようなものが感じられます。

 

第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜にされていた時に、連合軍によるドレスデン集中爆撃を体験したことがその理由であると本人は言います。

ヴォネガットドレスデン市街にある屠畜場の地下で生き延びることに成功しました。

ドイツ人はその建物を「第五屠畜場」と呼んでいたそうです。

 

日本でも大江健三郎筒井康隆村上春樹ヴォネガットからの影響が大きいと公言しています。

特に大江健三郎は「空の怪物アグイー」以降はヴォネガット以上にヴォネガット的な作品を量産しました。(ノーベル文学賞受賞)

 

目次

 

1、1950年作家デビュー しかしセミプロ

 

この年、短編「バーンハウス効果に関する報告書」が一般誌に掲載され作家デビューを果たす。

ペンネームはカート・ヴォネガット・ジュニア

 

処女長編は1952年の「プレイヤーピアノ」発表。

当時から見た近未来ですから1970年頃をイメージした模様。

行き過ぎた社会主義国家を描いたディストピアですが、読みやすい一般小説の形態で登場人物に対する愛情が感じられる名編です。

ヴォネガット的では無いですが、私は一番好きな作品でした。

 

その後、数年にわたって一般誌にSF風短編小説を書き続ける。

 

2、SF史に残る三部作

 

60年代に発表された長編小説は

 

1959年 タイタンの妖女

1961年 母なる夜

1963年 猫のゆりかご

1965年 ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

1969年 スローターハウス5

 

このうち、SF色の濃い3作、タイタンの妖女、猫のゆりかご、スローターハウス5、は米SFの傑作として今も読み継がれています。

 

3、タイタンの妖女

 

プレイヤーピアノから7年後に発表された長編第二作目。

SFの小道具がちりばめられたメタフィクションですが、やはり作者による登場人物への愛が特徴でしょう。

 

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クロノ・シンクラスティック・インファンディブラムに飛び込み、太陽系のある地点に存在し、過去と未来を知る男「ウィンストン・ナイルス・ラムフォード」に操られるように主人公「マラカイ・コンスタント」は太陽系をさまよいます。

ラムフォードは火星人の侵略から地球を守る「徹底的に無関心な神の教会」を造り人類を救います。

そして、コンスタントは太陽系の惑星を、無くした友人を求め彷徨いますが、ラムフォードの導きで、土星の衛星タイタンでトラルファマドール星人のロボット「サロ」と出会います。

サロは数千年前にタイタンに不時着し、遭難していたようですが・・・

 

これは、50年代ですでにがらくた扱いとなっていたスペースオペラSFの小道具を使って創造されたメタモル神話です。

 

ヴォネガット特有の優しさがスラップスティックな物語を包み込み、時空をさまようコンスタントは読者の魂と合致します。

 

この作品を愛する爆笑問題太田光は自分の事務所の名称を「タイタン」にしたほどです。

 


タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫) [ カート・ヴォネガット ]

4、猫のゆりかご

 

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原子爆弾が日本に落とされた日」の本を執筆する主人公の「ジョーナ」は原子爆弾の開発者である故「ハニカー博士」の二人の息子と出会う。

ハニカー博士はあらゆる液体を固形化する「アイスナイン」という物質を研究していたことを知る。

 

タイタンの妖女とは一転してがらくた宇宙船などは登場しないが、この作品は登場人物が「がらくた」のようです。

ジョーナは南国のどっかの島の独裁国家のくだらない政権争いに巻き込まれ、ボコノン教という人類滅亡を予言する宗教を知る。

南の独裁国家には本物の「アイスナイン」が存在し、馬鹿者どもの饗宴のなか、アイスナインは海に投げ込まれる。

 

この作品は米文壇では評価されなかったが、若者たちにカルト的な支持を受けることになります。

 

ギタリスト ジョーサトリアーニ作曲のアイスナイン


Joe Satriani - Ice 9


猫のゆりかご (ハヤカワ文庫) [ カート・ヴォネガット ]

5、スローターハウス5

 

副題は「少年十字軍」(子供を奴隷として売ること)

 

第二次世界大戦でヨーロッパ戦線に従軍したアメリカ人「ビリー・ピルグリム」はドイツ兵の捕虜となり、ドレスデンの屠殺場の地下に捕らわれる。

そこでビリーは連合軍による世紀の大虐殺ドレスデン集中爆撃を体験することとなる。

ビリーは命は助かるが脳に障害を受けたようにも思える。

 

その後、ビリーはトラルファマドール星人に誘拐され、「時間分裂症」となり自分の生涯をさまよう人となる。

ビリーは死ぬが、死もまた人生のひとコマに過ぎず、永遠に人生を繰り返す。

 

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ヴォネガットの創作形式の基本となる「時間分裂」が全体を覆う高度な作風で描かれた「戦争と平和」だと思う。

 


スローターハウス5 (ハヤカワ文庫) [ カート・ヴォネガット ]

6、一流作家と認められて

 

スローターハウス5は全世界に翻訳され、アメリカでも高度な文学性を持った作品としてヒットを記録し、一流作家の仲間入りを果たしたようです。

映画化もされました。

 

1973年 チャンピオンたちの朝食 では、ヴォネガット劇団の主人公とも言うべきSF作家「キルゴア・トラウト」(実在の作家シオドア・スタージョンから取った)を主人公にスラップスティックかつ時間分裂な異常な世界を優しく描きます。

 

長編小説14作はすべて邦訳され、特に作家などに高い評価を得ました。

 

2007年、84歳で亡くなりました。ノーベル文学賞には候補にも挙がらず。

 

社会主義ユートピアの可能性を夢見た小説家として、現代までの社会の変貌を描いていくにあたって、後半はやや偏屈者っぽい立ち位置のようにも見えました。

 

7、天才的作家ではありましたが

 

私個人としては60年第3部作が突出していたように思えます。

最もSF的だからでしょうか。

 

死亡後はちょっと忘れられつつあるような気もしますが、アメリカSFの最も輝く作品を書いた一人であることは力説したいと思います。

 

メエルシュトレーム(社会の歯車)にのまれていく(プレイヤーピアノより)主人公が忘れられません。